自動車のテレビ番組

そういえば先日、「おぎやはぎの愛車遍歴」というBS民放の番組に片山右京が出ていました。僕が会話したことのある数少ないF1ドライバーです。1995年のカナダグランプリを見た帰り、モントリオール空港で待合室に座っておられ、その時サインをいただきました。ジャン・アレジが初優勝したグランプリで、結婚前の後藤久美子さんもいて、同時にサインをもらったしだい。その右京が、昔の愛車に乗るというコーナーで、最初に乗ったのがなんとトヨタ・カローラでした。父親のクラウンをふたりで使用していたけれど、自分の愛車を壊されると困ると考えた父親が、10万円やるから買ってこいと金を渡したそうな。そのころ右京の祖母が病院通いしていて、その送り迎えが主目的だったからカローラを選んだそうです。10万円で買える中古車はカローラぐらいしかなかったけど、それでもフロアシフトの車を選んだという、レーサーへのこだわりを語っていました。 そのカローラと同型の、内装などもその時代のままという車に乗り込み、運転を始めた右京が涙ぐむシーンが最高でした。運転しながらカローラに乗っていたころへとタイムスリップしたわけです。レーサーになろうと心に決めて、生活のすべてをそれにかけながら、同時に人並みに恋愛もして女性と楽しく過ごしたのがカローラだったし、、その女性から別れ話を切り出されたのがやはりカローラの中だったというわけです。僕にもこれと似た状況が、スクリーンで見た「グラン・プリ」にありました。 それにしても、実際のレースを撮影したり、俳優を乗せた車(カテゴリーの違う車を使用)にサーキットを走らせたりしているところがすごい。スコット役のブライアン・ベドフォードと、バルリーニ役のアントニオ・サバトが運転免許を持っていなかったので、2人が運転する場面は吹き替えだそうです。←サーキットだと無免許でも運転できるけど、カテゴリーが下の車でもレースカーですから、素人には無理なんでしょ。←片山右京が、フェラーリF40に乗っていた時期があり、その車で缶コーヒーを買いに行くだけでくたくたに疲れるけど、それがいいんだと言ってました。 ああ、またF1レースを実際に見たくなってきた。アメリカか、カナダがいいな。というのはどちらも英語が通じるし、日本で生で見ようとしたら深夜になってしまうから、現地で見るほうが便利なので。写真3は、映画「グラン・プリ」撮影現場を訪れたモナコ大公一家です。


アルファロメオジュリエッタ

クルマ好きであれば誰だって、アルファロメオというブランドには、どこか甘美なものを感じるに違いない。しかも新たに投入されたその主力モデルの車名はジュリエックである。昔を知る人にはもちろん、新しいファンにとっても、このロマンチックな響きは、とても誘惑的なんじゃないかと思う。ジュリエックはアピアランスでも、そんな期待に十分に応えてくれる。伝統の盾をフイーチャーしたフロントマスクは、ひと目見ただけでアルファロメオだとわかる個性が光っている。ハッチバックスタイルのシルエットも、たとえば質実剛健を地で行くようなフォルクスワーゲン≒ゴルフなどと較べると、どこか優雅で艶っぼい。全長4350mmと、やや大柄だということもあるが、それを活かしたスタイリングがあってこそ、これはどの色気が醸し出されているのだ。そうそう、アルフアロメオの流儀でリアドアのノブをピラーに隠しているのも効いているに違いない。これだけで遠目には一瞬5ドアとは見せずに、パーソナル感が強調されるのである。まったく、こういうデザインを見ていると日本車は永遠に敵わないなと溜息が出てしまう。爪の垢を煎じて飲ませたところで、まだ無理だろう。インテリアの造型も、他のクルマとはまったく似ていない。困るのは、カーナビを装着すると、せっかくのデザインが崩れてしまうこと。自分で手に入れたなら、カーナビは無しでガマンすると思う。では肝心な走りはどんな仕上がりなのか。エンジンは1・4リットルターボと1・75リットルターボで、1・4~にはTCTと呼ばれるデュアルクラッチギアボックスが、1・75リットルには6速マニュアルギアボックスが組み合わされる。1・4リットルターボエンジンを積むスプリントノコンペティツィオーネは、実用域からしっかりトルクが出るエンジン特性と、早め早めにシフトアップしていくTCTのマッチングが小気味良い。面白いのはD.N.A.システムで、スイッチによってその頭文字が示すダイナミック、ノーマル、オールウェザーの3モードを選択でき、エンジンやシャシーの特性を変更できる。これをダイナミックに合わせると、普段は23・5㎏mのトルクが25・5キロに跳ね上がり、より力強い加速を楽しめるのだ。惜しいのは、高回転域まで元気に回るタイプではないということだが、実は昔からアルファロメオの心臓は徹底的な低中速重視。これはこれで伝統に則っている。いつでも思いのままの加速が得られる気持ち良さは、それはそれでいいものである。回して楽しむならクワドリフォリオーヴェルデだ。こちらもフラットな特性ではあるが、トップエンドまでスムーズに回り切るし、最高出力は235馬力もある。走らせ甲斐は満点だ。フットワークの味付けも、あまり演出めいたところはなく、しっかり本質を磨いているという印象。前の世代の147辺りでは、ステアリングを切った瞬間にスパッと切れ込むような刺激が追求されていたが、実はそれは高いとは言えないポテンシャルをごまかす意味でもあった。それと比較するとジュリエックは、そこまで鋭さが強調されてはいないが、それでも指一本分の舵角からしっかりとレスポンスが返ってきて、しかも深い舵角に至るまで思った通りに曲げて行ける懐深さがある。それは後輪がいつまでもしっかり接地し続けているおかげでもあり、つまりトータルの地力が大幅に引き上げられているわけだ。美しく、個性の薫るスタイリングに質の高い走り。ジュリエッタには、往年のアルファロメオが帰ってきたような感慨を覚える。実は私白身がそうだったのだが、最初に乗った時にはちょっと刺激が薄いかなっと思ったとしても、時間が経つにつれて、じわじわとその魅力が沁みてくること、請け合いである。ジュリエッタというクルマ、妙に後を引くのだ。あるいは、すでにそれは私かその誘惑にヤラレてしまったということなのかもしれない。


シトロエンDS5

ひさびさにシトロエンらしいシトロエンが帰ってきたと感じている人、きっと多いんじゃないだろうか。シトロエンが上級ラインとして展開するDSシリーズに追加されたDS5は、何しろ外観からして似たものなど無い強烈な個性を放っている。全幅が広く、高さもあるハッチバックボディは、どこかステーションワゴン的にも見えるし、角度によってはクーペ的な軽快感を漂わせもする。しかもフェンダーにはボンネットの長さを強調するクロームのラインが走り、ドアパネルにはいかにも成形に手間のかかりそうな凹面のプレスラインが使われていたりと、全身すごく凝っている。しかも、それらが煩雑に陥ることなく、きれいにまとめられているのが巧い。試しにクルマから少し離れて眺めてみるといい。ディテールが適度にぼやけ、美しい輪郭が浮かび上がってきて「おっ、いいねえ」と改めて感嘆させるのである。デザインだけでなく、それを実現させた生産技術も含めて、シトロエンなかなかやるなと嬉しくなってしまった。そう言いつつ、実は見所はインテリアかもしれないとも思う。下側をフラットな形状としたステアリングホイールの向こうには繊細なデザインのデジタル計器が収まる。天井を見上げれば、広大な面積のガラスサンルーフ。その中央を前後に貫くセンターコンソールにはルームランプやサンシェード開閉のスイッチ類が並ぶ。クルマのような航空機のような、独創的な雰囲気が演出されているのである。しかし居住性や使い勝手は褒められたものではない。全高はあるのに天井がやけに近いし、斜め前方の視界は絶望的だ。側面と後方はカメラ映像で確認できるが、それは目視は難しいということである。後席も頭上や膝まわりの余裕はミニマムだ。では走りはと言えば、それほど個性的ではない。シャシーの基本部分は、車名からC5と共通がと期待したら、実際にはDS4と共通。つまり、油圧式サスペンションではなく、金属バネである。エンジンも、シトロエン車では今やお馴染みのBMW製1・6リットル直噴ターボで、6速ATが組み合わされる。とは言いつつ、DS4とは印象はやはり違って、まず室内が静か。今までシトロエンが好んで使っていたEGSと呼ばれる6速ギアボックスとは違って、6速ATは変速がスムーズで、トルクフルなエンジン特性と相まって、滑らかな走りを楽しめる。乗り心地は、まずまずしなやか。路面の継ぎ目などで時折ゴツンと突き上げることもあるが、速度が上がるほどにゆったり感が出てくる。かと言ってダルなわけではなく、操舵に対する応答性も悪くないから、山道でも退屈することはないだろう。困るのは、むしろ街巾。小回りが全然利かないのだ。最小回転半径は5・7mと大きく、しかも四方の見切りが悪いものだから、狭い路地や車庫入れなどは本当に気を遣う。走りの印象は、やはり濃いとは言えない。大きなネガは特に無いが、このクルマならではという個性が薄いのだ。それ故に、ハイドラクティブサスペンションを使っていたら…と想像してしまうのだが、本当はシトロエン、金属バネでもがっては絶妙な乗り心地のクルマをつくっていたはずだ。古くはZX辺りなんて本当に良かったし、C4ピカソだってそう。そう考えるとハー‘ドではなくソフトの面で、何かが変わってしまったということなのだろうか。見た目にしろ中身にしろ、シトロエンがかつて個性的だったのは、彼らなりに理想を追求した結果、たまたま通る道が他とは違ったからだ。しかしDS5はじめ最近のシトロエンは、敢えて個性を強く演出しようとしているように見える。それでいて。ハイドロ”のような伝統には淡白。そこがどうにも歯がゆいというか物足りなさを覚える。もちろん、過去のイメージにとらわれるのではなく、今の感性で楽しめばいいのだとも思う。しかしブランドというのは、ユーザーとの約束みたいなもの。そこをあんまり軽んじてほしくないなと思ってしまうのだ。